
サステナビリティ
マーケティングで
企業競争力を高める
- きくち まさえ
菊池昌枝
- 取締役チーフ・サステナビリティ・オフィサー
国内および外資の化粧品・トイレタリーメーカーを経て2000年星野リゾート入社。ブライダル事業の広告ユニットディレクター、星のや京都、星のや軽井沢、星のや東京と総支配人に就き、2018年より星野リゾート・アセットマネジメントへ転籍。
選ばれ続ける企業になるための、サステナビリティマーケティング
現在は星野リゾート・アセットマネジメントでチーフ・サステナビリティ・オフィサーという立場でいらっしゃいますが、以前は星野リゾートにいらしたそうですね。
星野リゾートには2000年に入社して、2017年まではそちらにおりました。ブライダル事業の広告ユニットディレクターを経て、『星のや京都』の開業準備室に携わり、そのまま『星のや京都』の総支配人に就任しました。その後、『星のや軽井沢』『星のや東京』の総支配人を経験し、星野リゾート・アセットマネジメントに転籍しました。異動直後は企画管理部でIR ディレクターをしていましたが、2021年からは現在のサステナビリティ推進室を担当しています。ブライダル業、宿泊業、不動産金融業と業態はさまざまですが、一貫しているのはマーケティングが軸にあるということですね。

現在のサステナビリティ推進室も
マーケティングの一環である、と。
マーケティングの手段として「価値を感じてもらえる商品やサービスを提供する仕組みづくり」があるわけですが、これはつまり、「結果として選ばれる企業になる」ということにつながります。時代によって求められる環境や社会の価値観は変わりますから、当然、今後も時代にタイムリーに適応させていくことが大事です。昨今のサステナビリティに関する世界動向を見渡せば、2000年前後からUNGC(国連グローバルコンパクト)をはじめとしてサステナビリティへの取り組みが熱く議論されるようになり、先行くグローバル企業は加速度的にサステナビリティのための基盤整備を進めてきました。世界的に見てもその対応度合いは株価形成の指標のひとつとなっており、機関投資家や金融機関も環境負荷や社会課題の大きな企業への投資を回避する動きも出てきています。
日本の観光でもサステナビリティを志向するお客様が増え始め、サステナブルな環境と社会に関して配慮する傾向はさらに高まると予想されます。このような社会の中で、私たちが「選ばれ続ける企業」になるためには、サステナビリティに対して、より真摯に取り組んでいく必要があると感じていました。地域や自然と密接に関わりながら事業を行っている星野リゾートグループだからこそ、まだまだできることはあるはずだ、と。
そこでサステナビリティ推進室では、サステナビリティ推進に係るポリシー・戦略・計画の立案や仕組み造りを中心に活動し情報開示をすること、さらには関連する国際的なイニシアチブ*へのコミットメントや外部評価**の取得や維持業務などを行っています。例えばTCFD(Task Force on Climate related Financial Disclosure)やGRESBなどのことをさします。当社および投資法人にとって有用なものは順次取得できるように調査し判断し、中期(2030年)、長期(2050年)のネットゼロをターゲットに着実に推進していくのも業務の一つです。
*https://www.hoshinoresorts-reit.com/ja/sustainability/climate.html**
https://www.hoshinoresorts-reit.com/ja/sustainability/certification.html
ちなみに、ご自身の活動を“地球防衛軍”と称していらっしゃるとか。
そうなんです(笑)。多くの人に耳馴染みがあり、イメージしやすい言葉ですので、私の取り組みや使命を伝えやすいかなと思ったんですよね。ですが、それだけが理由ではなくて。私は業務の一環としてだけ“地球防衛”に取り組んでいるわけではなく、気候変動によって進む災害の激甚化や地域の過疎化による経済の縮小などの社会課題に対して、一個人として強い危機感を持っているんです。だから仕事上の役割や立場を表す肩書きだけではどこか物足りなさを感じていて。“地球防衛軍”って公私関係なく使い勝手が良くて、しっくり来たんです。

オカモチで配達してくださったカメラマンさんと地下玄関で記念撮影
モノをつくらないマーケティングを志した先に、星野リゾートがあった
“地球防衛”に関心が出てきたのはいつ頃なのでしょうか?
強く意識し始めたのは、前職のころです。星野リゾートへの入社を決めた理由にも繋がりますが、以前はメーカーでマーケティングに従事していました。もう20年以上前の話です。メーカーですので、新商品をつくらないことには成長していかないのですが、余剰が発生せざるをえない状況を見て、私の中では“モノをつくる”ことに対して、罪悪感を感じはじめていて。当時の上司に、「新商品を出さないマーケティングをやりませんか?」って本気で提案したことがあったんです。でも、「そういうことはお前がやることじゃない」って、けんもほろろに返されてしまった。だったら、“モノをつくらない”マーケティングが実現できる場所を探そうと思い、出会ったのが星野リゾートでした。
最初の面接から社長(当時)の星野が「環境経営」を星野リゾートは古くから推進していることを説明していました。『星のや軽井沢』に隣接する「軽井沢野鳥の森」での野鳥保護を2代目経営者の時代から行っていたり、その野鳥の森を舞台に植生物との共存を目指して事業を行う「ピッキオ」という組織があったり。水力発電だって、100年以上前から始めていると。ここでなら“モノをつくらないマーケティング”の感性を大切にしながら仕事ができるかもと思い、入社を決めました。その後も、星野リゾートはリゾート再生請負人として、古いものに価値を生み出すという「つくらないマーケティング」をどんどん加速させていきました。
ブライダル事業や『星のや』総支配人もやりがいのある仕事でしたが、今が一番自分らしく喜びを感じながら仕事ができているかもしれません。

持続可能な観光不動産金融のエコシステムを目指す
サステナビリティ推進室を立ち上げたことで、社内でのサステナビリティに対する意識の変化は感じますか?
とても感じています。財務経理本部では、当社らしいグリーン・サステナビリティファイナンスが確立されたり、アセットマネジメント部もTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース/Task Force on Climate-related Financial Disclosures」)の提言や動向にアンテナを張ったりと、各部署でどんどんサステナビリティ力の高まりは感じています。意識付けのための種を蒔けば、その道の専門家たちが情報を集めて独自にカスタマイズし、応用しながらアクションを考えてくれる、そういう理想形に少しずつ近づいているように思います。会社全体がサステナビリティ全般に関して自ら考えて動くようになり、循環していけば、私のミッションはコンプリート。あとはゴール期限までに間に合うかです。その見通しがつけばサステナビリティ推進室はお役御免。組織の解散こそ目指すべきゴールであり、そこからが真の意味で持続可能な経営の始まりだと思います。
たしかに、解散が一つのゴールというのはうなずけますね。サステナビリティ対応の重要性は企業競争力という意味からも理解できたのですが、一方では利益を圧縮する取り組みでもありますよね。
ですから、私たちはこの取り組みをCSR(Corporate Social Responsibility)ではなく、CSV(Creating Shared Value)として位置付けています。難しいことは重々理解していますが、そこを目指すことが持続可能な取り組みであるのだと考えています。実際、自然環境を守ることが前提にあれば、環境対応の機能性とクリエイティブを共存させる工夫をデザイナーさんへ依頼しているでしょうし、地域社会の経済を回し続けるために、以前から地域の工芸や産業など、残すべき魅力的な文化を宿泊客に知ってもらい楽しんで体験してもらうことで地域の経済に貢献する取り組みなどが実施されます。まさにその土地に事業を展開することで地域を知り、理解する努力をしてこそやれることでもあるのです。
社会的価値と経済的価値を両立させてこそ、持続可能になる、と。最後に、今後の展望や課題を教えてください。
これは世界中の企業に言えることかもしれませんが、非常に変化が早く、不確実性の高い時代において、持続可能な経済成長を実現できる会社になるためにはどうすればいいのだろう、という大きな問いには、まだ会社として真の答えが出せていないと思います。サステナビリティの活動がさらに浸透・加速して、社会やステークホルダーからの評価がより高まっていったとしても、時代の変化とともにまた新しい価値観が生まれてくることだってあるはずです。経営リスクが多様化していく中、私たちらしさを持ちながらも選ばれる企業であるために、ボードメンバーの皆さんと一緒に、正面から向き合っていきたいと思っています。
ワカモノインタビュー
財務経理本部に所属しながら、サステナビリティ推進室も牽引する芦立がインタビュアーとなり、自らを“地球防衛軍”と称する菊池の価値観に迫りました。

芦立:スポンサーである星野リゾートにも在籍されていたことがある菊池さんから見て、星野リゾートグループで働くことの価値はどんなところにありますか?
菊池:自分が希望すれば、幅広い仕事の中からキャリアを選択できるのが魅力ですよね。私はブライダル業、宿泊業、そして現在の不動産金融業と経験させてもらいましたが、業態や施設が違えば、お客様も変わります。お客様が変われば志向やニーズも変わるし、ライフスタイルも違う。毎回、多くのインプットは必要ですが、その分、新たな発見もありますし、何よりフレッシュな気持ちで仕事に取り組めますよね。これは星野リゾートグループで働く価値かなと思います。またアセットマネジメント社では業務以外のプロジェクト活動など申請許可制でできる環境があります。私は現在「都市集中型の未来に対するオルタナティブを創る」活動に参加していますが、まさにこれはサステナブルと直結しており一層社会貢献になると感じています。
芦立:星のや総支配人時代の印象に残っている苦労話があれば教えてください
菊池:大変だったことは多いけど…(笑)、『星のや京都』のコンセプト策定は特に苦労したのを覚えていますよ。『星のや』全体には「非日常の滞在」というお客様の体験を軸に据えた考え方がありますよね。まずはその枠のなかで『星のや京都』らしさをどう感じていただくのかから思考を出発させ、角倉了以が邸宅を構えていたという建物のルーツを探り、風光明媚な景色に言葉を重ねて、あぁでもないこうでもないと、議論をたくさんして、ようやく生まれたのが「水辺の私邸」というコンセプトです。コンセプト作りも大変でしたが、その後に「水辺の私邸」をどうやって表現するか、つまりソフトの部分を考えて準備していくところもなつかしさを覚えるほど大変でしたね(笑)。
芦立:サステナビリティ推進室が、今後より力を入れていくべきことはなんでしょうか?
菊池:引き続き取り組むべき大きな課題は2つ。まず一つが気候変動。GHG削減はもちろんですが、最近では毎年のように各地で大雨災害による甚大な被害が発生しているでしょう? 全国各地の施設ごとの立地や地形に応じて、個別の対策を進めていく必要がありますよね。つまりDisaster-Ready(災害に対する準備)をどうするかということ。そしてもう一つが社会課題、とりわけ地域の過疎化でしょう。地域の産業なくして私たちの事業は立ち行きませんから、今以上に地域経済を盛り上げ、地域での雇用を増やすためには、まだまだすべきことやできることはあるはずです。
- 芦立さん
- 財務経理本部 財務部長
ワカモノプロフィール
2021年入社。財務経理本部・財務部長。リース会社、ベンチャーキャピタル、日系投資銀行での勤務を経て、REIT業界へ。